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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)250号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一<証拠>によれば、

1  東邦産業株式会社(以下単に「東邦産業」という。)は、大阪市に本店を置き、関連会社である東北協和カーボン株式会社が製造する炭素系製品の販売を中心に、各種物資の輸出入、宅地造成等の事業を営む中堅の商社であつて資本金は昭和四九年五月まで二億四〇〇〇万円、同年六月以降三億六〇〇〇万円であり、その株式は昭和三八年一〇月以降公開され大阪証券取引所第二部に上場されていたものである。東邦産業は、昭和四〇年に山陽特殊鋼の倒産によつて大きな打撃を受けたので、その後炭素系製品中心の商社から総合商社への脱皮を試み種々の商品を取扱つたが、失敗も多く多額の不良債権を抱えるに至り、さらに川辺建設に対し援助した巨額の資金も回収不能となり、これらに起因して増大した資金需要の多くを短期の借入れに頼つた結果金利負担が損失を増大せしめ、昭和四五年頃から慢性の欠損状態に陥つた。そこで、これを後記の粉飾決算によつて隠蔽しながら経営の立直しを図つたが、昭和五〇年八月末に至つて遂に資金繰りに行詰り、同年九月一日会社更生の申立をして事実上倒産し、同年一一月二三日には破産宣告を受けたこと、

2  被控訴人秋保は、東邦産業の創始者である秋保盛正の長男であつて昭和三三年一一月同社の取締役となり、昭和四三年一一月には代表取締役副社長に就任し、盛正の生前既に同社の経営に対し大きな発言力を有していたが、昭和四五年三月に父が死亡した後を承けて代表取締役社長となつてからは、さらに強力な支配力をもつて同社の経営全般を統括していたこと、

3  被控訴人谷山は、同社の組織上専務取締役の職にあり、いわゆる業務担当取締役として主として内部監査業務に従事してきたが、前記倒産の直後約二か月間代表取締役にも在任したこと、

4  被控訴人鉄本は、常務取締役の職にあり、いわゆる業務担当取締役であること、

5  被控訴人石原、同西、同河野は、いずれも昭和四九年一一月二七日の定時株主総会においてはじめて取締役に選任されたものであり、またいわゆる使用人兼務取締役であつて、それぞれ部長職を兼ねていること、

6  被控訴人小野寺、同横田、同牛尾はいずれもいわゆる社外取締役であつて、被控訴人小野寺は前記関連会社東北協和カーボン株式会社の常務取締役である関係から昭和四九年一一月二七日の定時株主総会においてはじめて取締役に選任されたものであり、被控訴人横田、同牛尾は日本青年会議所での活動を通じて被控訴人秋保との交際関係が生じ、請われて会社経営についての助言者的な立場で東邦産業の取締役の一員に加わつたものであること、

が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二<証拠>によれば、

1  東邦産業の昭和四七年一〇月一日から昭和四八年九月三〇日までの第三三決算期における実際の収支決算は、経常損益では約四二〇〇万円の利益を計上し得たものの当期損益では四六九三万〇一七六円の損失であつたため、被控訴人秋保は同期の決算処理においていわゆる粉飾決算により右損失を隠蔽することを企て昭和四八年一〇月頃担当取締役である被控訴人谷山及び担当社員に命じて架空売上による利益金一億〇三一九万九五八〇円を計上する方法により当期利益が五六二六万九四〇四円であるとする等虚偽の内容を記載した損益計算書、貸借対照表等の計算書類を作成せしめ、これを同年一一月一二日開催の同社取締役会に付議して出席取締役全員の賛成による承認決議を得、同月三〇日に開催された同社株主総会の承認を経て貸借対照表についてはその頃公告をしたこと、

2  同社の昭和四八年一〇月一日から昭和四九年九月三〇日までの第三四決算期における実際の収支決算は、経常損益で三億三五三七万一九五八円の損失、当期損失で三億九八九四万三七四一円の損失となつたため、被控訴人秋保は前同様いわゆる粉飾決算により右損失を隠蔽することを企て、昭和四九年一〇月頃担当社員に命じて同被控訴人が代表取締役を兼ねている前記東北協和カーボン株式会社との間の架空の取引による利益四億六〇九〇万九〇九五円を計上する方法により当期利益が六一九六万五三五四円であるとする等虚偽の内容を記載した計算書類を作成せしめ、これを同年一一月七日開催の東邦産業の取締役会に付議して出席取締役全員の賛成による承認決議を得、同月二七日に開催された同社株主総会の承認を経て貸借対照表についてはその頃公告をしたこと、

が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三<証拠>によれば、控訴人は手形割引を業とする株式会社であるところ、昭和五〇年三月初め頃同業者である株式会社三協から、東邦産業振出にかかる金額一〇〇〇万円、満期昭和五〇年八月三一日、受取人株式会社現代工学総合開発研究所、その他控訴人主張どおりの手形要件の記載があり、かつ受取人による拒絶証書作成義務を免除した白地式裏書のある約束手形一通(以下「本件手形」という。)の割引依頼を受けたので、振出名義人である東邦産業に対し振出の有無を確認したほか、東洋経済新報社発行の企業情報誌「会社四季報」の昭和五〇年第一集新春号によつて東邦産業の営業成績等を調査したうえ右割引依頼に応じ、割引金八六二万七五〇〇円を支払つて本件手形を取得したものであること、控訴人は本件手形を満期の翌日である昭和五〇年九月一日に支払場所に呈示したが資金不足を理由に支払いを拒絶されたことが認められ<る。>

<証拠>によれば、前記「会社四季報」は東京・大阪・名古屋各証券取引所一部、二部上場会社をはじめ地方上場会社に至る約一七〇〇社につき、会社別にその概要、株価動向、役員名、業績、配当率等の情報を提供する季刊誌であり、主として株式投資家を中心に幅広く購読されているものであるところ、その記事のうち業績欄の記載は各社が公表する計算書類に基づき最近数年間の各社の売上、経常損益、当期損益等を簡略に記載するものであり、業績・配当の動向に関するコメントは編集スタッフの判断を記載するものであるがその判断が形成されるについては各社の公表する計算書類が基礎的な資料として用いられることが認められる。従つて、仮に前認定の計算書類の虚偽記載等がなされなかつたならば、即ち東邦産業の第三三期及び第三四期における損失がそのまま公表されていたとするならば前記「会社四季報」における同社関係の記事はこれを反映して当然異つたものとなり、業績欄には少くとも昭和四八年九月期における当期損益及び昭和四九年九月期における経常損益、当期損益がマイナスであることが明示され、次年度の業績予想に関するコメントもより厳しい内容になつていたものと考えられる。そして前記梅田証人は、控訴人会社においては二部上場会社について決算が損失となつている場合には原則としてその会社振出の約束手形は割引かないことにしていたというのであり、仮にそのとおりであるとすれば前記計算書類の虚偽記載が控訴人をして結果的に無価値に近いものであつた手形の割引依頼に応ずることを決意させたといえないことはない。

四ところで、控訴人が第一次的に帰責の根拠としている昭和五六年法律第七四号による改正前の商法二六六条の三第一項後段の規定の趣旨とするところは、その挙示する各書類の記載に虚偽がある場合において、これを信頼して会社と直接の取引関係に入つた者あるいは会社と直接の取引関係はなくとも当該会社の株式又は社債を公開の流通市場において取得した者(その大多数を占める一般投資家としては前記各書類を信頼する以外に投資活動に伴う危険から自己を防衛する手段を有しない。)等を保護することにあり、これを確実なものにするため取締役に対し個人責任として故意・過失の存在を要しない極めて重い責任を負担させていると解されるのであり、従つて会社以外の者との間の取引において生じた必要から会社の資力、業績等を判定する資料として右各書類を閲読したに止まる第三者一般について右規定による保護を及ぼすことは、時として右規定による責任を無過失責任とした本来の趣旨を超えて取締役に過大の犠牲を強いることになり、相当でないといわなければならない。このことは、同条二項により計算書類の承認決議に賛成したことのみを理由に責任を問われる取締役の場合において特に顕著である。

本件についてみるに、控訴人は手形割引業者として同業者である株式会社三協との間に本件手形の割引契約を締結し、対価を支払つて本件手形を取得するに当り、東邦産業の業績を調査して本件手形の経済的価値を判定するため会社四季報を閲読したにすぎないものであることは前認定から明らかであるところ、右によれば控訴人は会社と直接取引関係に入つた者でないことはもちろん、有価証券を取得した者とはいつても公開市場における株式、社債の取得者とは著しく趣を異にするというべきであるから、その被つたとする損害は前記規定による保護の範囲外にあると解するのが相当である。

従つて、前認定の計算書類虚偽記載の事実が存することを帰責原因とする控訴人の主張は、この点において失当として排斥を免れない。なお、被控訴人石原、同西、同河野、同小野寺の関係では、虚偽計算書類が取締役会で承認された当時取締役でなかつたことからも右主張は理由がない。

五控訴人は第二次的帰責原因として、被控訴人秋保、同谷山、同河野、同石原において本件手形をはじめ支払見込がないか又は極めて薄い融通手形を乱発したことが、取締役の職務を行うについての悪意又は重大な過失に当ると主張する。しかし、控訴人の右主張は、右被控訴人らの会社経営者としての任務懈怠が東邦産業を倒産に導きその結果控訴人において本件手形債権の弁済を受けられなくなつたことを損害としてその賠償を求めるものであるのか、それとも支払われる見込みのない本件手形を故意又は重大な過失により振出したことにより控訴人がその手形を割引く原因を作出したとして割引金の出捐による損害の賠償を求めるものであるのか、必ずしも明確ではない。

そこで、控訴人の主張を両様に解してそのそれぞれにつき検討を加えることとする。

1 先ず、会社に対する任務懈怠の主張として検討するに、控訴人はしきりに融通手形の乱発をいうが、そのいうところの融通手形がどの範囲のものを指すのか明らかでないし、どの点を把えて「乱発」とみているのかも明らかでない。<証拠>によれば、たしかに東邦産業においてはいわゆる商業手形と区別されるべきものとしての融通手形の振出が多額にのぼつており、結果としてそれらのうちの一部の支払不能が倒産の契機になつたことがうかがえないではないが、融通手形を振出したこと自体をもつて直ちに悪意又は重大な過失ある行為とみることはできないし、これらの融通手形の振出が会社に対する害意又は経営上の重大な過失に基づいてなされたことを認めるに足りる証拠もない。

控訴人は融通手形多発との関連でその背景となつた会社経営の状況にも言及するのでさらにこの点に遡つて前記被控訴人らの責任を検討するに、東邦産業が倒産するに至つた原因としては、同社が昭和四〇年の山陽特殊鋼の倒産により大きな打撃を被つたこと、右倒産により従前東邦産業の取扱い商品の中心をなしていた炭素系製品に関する商権の多くを失つたことから新たに総合商社としての進路を模索して種々の商品の取扱いを試みたがそのいくつかが失敗に終つたこと、川辺建設に対する資金援助が成果のないまま回収不能の状態になつたこと、関連会社である東北協和カーボン株式会社が一時期粗悪な製品を生産しこれによる損失を販売会社である東邦産業が負担せざるを得なかつたこと、これらの事情に伴つて増大した資金需要を金利の高い短期借入れあるいは手形割引に依存して賄わざるを得なかつたことなどが挙げられ、これらのうちには被控訴人秋保の会社経営者としての判断の誤り、見通しの甘さ等に起因するものが全くなかつたと断定することはできないが、具体的に特定の局面における判断をとらえてそれが会社経営上の重大な過失であつたと指摘するに足りる資料はなく、結局本件全証拠によるも東邦産業を倒産に至らしめたことにつき前記被控訴人らに悪意又は重大な過失があつたと認めることはできない。

2  次に、控訴人のいうところを、本件手形を振出したことが控訴人の割引金出捐による損害の原因となつた旨の主張と解して検討するに、<証拠>によれば、本件手形が現実に振出されたのは昭和五〇年二月二五日ないし三月初め頃と推認されるところ、前記甲第四〇号証によれば、たしかにその頃の東邦産業の財務状況は、前述のとおり多額の不良債権を抱え、短期借入れないしは手形割引による金利負担等営業外損失が営業利益を上回り、いわゆる金融手形が多発されているなど極めて憂慮すべき事態であり、これを放置すれば早晩倒産を免れ得ない状態であつたことが認められるのであるが、他方、<証拠>によれば、当時同社の営業自体は月商一四億ないし一五億円程度あり、営業利益も生じていたこと、多額の資金を投入した宅地造成事業が軌道に乗り、販売開始の目処がついたことに加えて、短期借入金の長期借入金への切替、業績が上向いている関連会社東北協和カーボン株式会社との合併等の方策を講ずることにより企業としての体質を改善し、慢性的な欠損状態から脱却する可能性も存したこと、同年夏頃になつて東邦産業の信用不安が取り沙汰されるようになつたことについては東邦産業から融通手形の振出を受けた橘百貨店において右手形を詐取されるという偶発的事情の影響があることが認められ、その他本件手形のように東邦産業自身がいわゆる街の金融業者から金融を得ることを目的として振出された手形が他にも多数存在したことを認めるに足りる証拠は存在しないこと、本件手形は満期までの期間が約六か月という比較的長期の手形であつたが東邦産業の支払停止は本件手形の満期の僅か一日前であることなどをも勘案すると、前記被控訴人らにおいて本件手形が資金不足を原因として不渡りになることを予見しながらこれを振出したもの、あるいは容易にこれを予見できたにもかかわらず重大な過失によつてこれを予見しないまま振出したものと認めるのは困難であるといわざるを得ない。

六控訴人はまた、その余の被控訴人らにおいて前記各被控訴人らの行為を放置したこと、又はこれに対する監視を怠つたことが、取締役の職務を行うについての悪意又は重大な過失に当る旨主張するが、前述のとおり被控訴人秋保をはじめ業務の執行を担当した取締役に悪意又は重過失が認められない以上、その行為に対する監視、監督義務を論ずる余地はないものといわなければならない。

七以上の次第であるから、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がなくこれを棄却すべきものであり、右と結論を同じくする原判決は正当であつて本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(宮本聖司 清水信之 窪田季夫)

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